坂口会長退会式
坂口会長退会式


坂口会長より辞任挨拶
このたびの周南山岳会会長退任と、会からの卒業に当たって、一言ご挨拶させていただきます。
周南山岳会はご存じのように、2011年12月に立ち上げました。2011年には
東日本大震災がありました。身近なところでは、霧島連山新燃岳の爆発的噴火など災害の多い年でもありました。その様な中で、明るい話題として「なでしこジャパンのワールドカップ初優勝」も記憶に残ります。
個人的には60歳の還暦を迎えた年でした。この年の10月には山口国体が開催され、山岳競技の競技部長と言う大役を仰せつかっていました。数年前から先催県への国体視察やセミナーパークでの数々の打合せ、競技運営資料の作成等々にバタバタしていました。
また、7月後半からは、長年の夢であった友人との、ヨーロッパアルプスのマッターホルン、アイガー、モンブランへの三週間の遠征計画も控えていました。おまけにNHK山口放送局から、夕方のテレビ番組への定期出演オファーも受けていて、一人で何役もこなさなければならない、大変な年でもありました。
それとは別に重要なことが控えていました。私は24歳の時に単独行の冬山で遭難事故を起こしました。その際、救助活動で多くの方々にご心配とご迷惑をおかけしました。その時、父からは「今回の件は、生涯をかけてみなさんに恩返しをしなさい」との言葉がありました。26歳で街の山岳会から離れ、企業内に山岳会を立ち上げました。その時「還暦を迎えたら周南地域に山岳会を創立する」と言う目標を立て、長いあいだ温めてきました。それだけに、この目標だけはどうしても先送りできず、準備に取り組んできていました。
そして、もろもろの行事が終わったその年の暮れに17名の立ち上げメンバーが揃い、発会式を行うことができました。今考えると、仕事をしながらあれだけ多くのイベントをこなし、よく山岳会創立までこぎつけられたのか不思議です。きっと、周南山岳会が手招きしてくれていたのだと思います。
あの時の立上げメンバーには、クライミングでスカウトした清木さんや、バリバリと山登りをやっていた志賀さんや米光さんもいました。この方たちには、今も山岳会の屋台骨を支える中心メンバーとして、頑張ってもらっています。
山岳会の設立以来の目標である「楽しく安全な山登り」は、会員のみなさん一人一人の心がけにより、これまで大きな事故を起こすこともなく、脈々と受け継がれています。この目標だけは会が存続する限り、見失わないでいただきたいと思っています。
会を結成して14年目になりますが、まだまだ会は未完です。しかし、未完ゆえの楽しみもたくさんあります。ここにきて、率先して会を動かしてくれるメンバーや、リーダー達がたくさん育ってきました。創立当時は安全のことや技術的な話をしても、言っていることがなかなか通じませんでしたが、今では一人一人が自分のエンジンとナビゲーションで、しっかりと動き始めています。そんな頼もしいメンバー達を見ていると、この先がますます楽しみになってきました。
これからも、新しい会長を中心にみんなで夢や目標を語り合い、ますます活気溢れる山岳会に向かって、進んでいって欲しいと願っています。会員一人一人の、いっそうの活躍を期待しています。
まだまだ伝えたいことはたくさんありますが、思いのたけは「周南山岳会の心がけ(7ヶ条)」や「周南山岳会会則」に反映しているつもりです。また、伝えきれなかった技術については、HPの勉強会資料に残していますので、ぜひ目を通していただければ幸いです。
最後になりますが、このような素晴らしい山岳会で、皆さんと一緒に成長できたことを誇りに思うとともに、感謝の念に堪えません。私ももう一度体調を取り戻し、山へ向かうことができるよう、前を向いて歩いていきたいと思っています。
長い間ありがとうございました。みんな、がんばれ~! 坂口仁治


清木さんより謝辞
坂口会長、長い間、お疲れ様でした。
2011年12月の周南山岳会 発足にご尽力され、14年の長きにわたり会長として周南山岳会を率い、ご指導いただきましたこと、感謝で一杯です。坂口会長の経験、実践からのアドバイスは、我々の成長につながり、勇気づけられるものでした。今後も、メンバーそれぞれの目標を目指して切磋琢磨して周南山岳会を盛り上げてまいります。
これまで、当会を支えて下さいましたこと、本当にありがとうございました。最後に、今後の坂口会長のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
記念品のキーホルダー(馬の皮)





